2015年 5月 の投稿一覧

大阪にソープランドはありませんが、飛田新地なら今もあります

花博と関西空港によって、大阪からソープが一掃された

1990年の大阪『国際花と緑の博覧会』の開催と関西空港の開港を理由に、条例を設けるなどして、大規模な浄化作戦が始まりました。その結果、大阪の60数軒あったソープランド店は、次々と摘発され、中にはファッションヘルス店に転業した店舗もあったようですが、全店廃業に追い込まれたのです。そのため、ソープランドを利用しようとすると、関西では滋賀県の雄琴か兵庫県の福原まで足を運ぶしかありません。

そして、“ちょんの間”飛田新地が残った

大阪には、ソープランドがなくても、飛田新地(とびたしんち)があります。飛田新地とは、街としての名前はなく通称です。地理的場所は、大阪市西成区山王3丁目一帯です。ここは、料亭街で実際に本物の料亭も存在するのですが、多くが料亭の看板を掲げ、実は“ちょんの間”なのです。

ちょんの間とは、“ちょっとの短い間に行為をする”ことを語源とする風俗店、その地区を表わします。また、“行為”とは、本番行為のことであり、買春ができるのです。しかし、料亭内で客と仲居とが恋におち、自由恋愛を行うという建前のもと、売春防止法を逃れ、営業を続けています。

飛田遊郭の歴史

飛田新地の歴史について、もう少し触れてみましょう。ここには、かつて遊郭がありました。飛田遊郭は、1916年(大正5年)に築かれ、2年後には100軒を数えるまでになっていたそうです。さらに、昭和初期にその数は、倍の200軒を超え、日本最大級の遊廓と言われました。その後、戦火を逃れ、赤線となりましたが、1958年の売春防止法施行により、飛田遊郭の多くの店が、料亭に転業、『飛田料理組合』を組織します。しかし、これは前述のとおり、同法を逃れるための表向きであり、建前です。それが、ソープランドのない大阪で今もなお続いているのです。

なお、飛田新地の大正中期から残る建造物や街並みは、歴史的価値が高く、中には国の登録有形文化財になったものもあります。もっとも“ちょんの間”であるため、気軽に散歩したり、写真を撮るような場所ではありませんが。

橋下徹と飛田新地の関係

“ちょんの間”飛田新地には、意外な有名人との結びつきがあります。それは、大阪都構想を大阪市民に受け入れてもらえず政界を去ることになった、あの橋下徹氏です。橋下氏は、かつて『飛田料理組合』の顧問弁護士を務めていたのです。組合の応接室には、彼を一躍有名にした人気テレビ番組『行列のできる法律相談所』に出演していた当時の茶髪姿の写真が、飾られているそうです。

五反田は、初心者からマニアまで、芸能人も訪れる風俗街

五反田は、交通の要衝であり、ビジネス街、金融街

五反田は、東京都品川区の北部の地域名ですが、町名としての五反田は、存在せず、西五反田、東五反田という地名があるだけです。同地域の中心となる五反田駅は、JR山手線、埼京線、湘南新宿ライン、東急池上線、都営地下鉄浅草線が乗り入れています。また、桜田通りや山手通り、目黒通り、中原街道、首都高速2号目黒線などの車道が充実しているなど、交通の要衝となっています。

五反田には、かつてソニーの本社(現在は、御殿山テクノロジーセンター)がありましたが、現在もポーラ、学研ホールディングス、イマジカなどの大企業が本社を構え、多くの事業所が密集するオフィス街となっています。また、全都市銀行の支店やシティバンク、城南信用金庫があるなど金融街でもあります。

再開発が進み、街並みの変貌が著しい五反田

2008年には、東急電鉄とJR東日本が、五反田駅に直結した複合商業施設「レミィ五反田」「アトレヴィ五反田」を開業しています。また、JR五反田駅の南東300mに位置する東五反田2丁目付近は、都市再開発地区に指定され、東五反田レジデンス、東五反田スクエア、パークタワーグランドスカイと、中層、高層、超高層住宅棟が整備されています。このほか低層オフィスが計画、建設されるなど、街並みが大きく変化しています。

芸能人が足繁く通う風俗街“五反田”

そんな変貌著しい五反田のもうひとつの顔が、風俗街という一面です。古くは、大正時代の花街から始まり、近年では、SM・M性感、イメクラ、デリヘル、ホテヘルの街として知られています。JR五反田駅の東口、西口には、ラブホテル街があり、デリヘル、ホテヘルの利用にはもってこいと言えるでしょう。

五反田は、交通の便が非常よく、オフィス街であるため夜間人口が少ない、そして街灯が、渋谷や歌舞伎町のように明るくないため、芸能人やスポーツ選手などが、お忍びで遊びに来るには都合がいいようです。真意はともかく、よく知られた芸能人の方が、五反田に遊びに来ているようです。例えば、お笑い芸人のケンコバこと、ケンドーコバヤシさんは、テレビ番組で五反田に実在する風俗店の名前を連呼し、お店側から感謝され、“ケンコバ祭り”という割引サービスを行うまでに。また、ダウンタウンの松本人志さんは、かねてより五反田の風俗ファンだったらしく、相方の浜田雅功さんが、松本さんの結婚、パパになることを受けて、「もう五反田には行けませんね」と、祝福していたそうです。

五反田風俗の特徴は、初心者からマニアックまで受け入れる多様性

芸能人をも魅了する五反田風俗の特徴として、主に女性が男性を責めるプレイをコンセプトにしているお店が多いことが挙げられます。それは、SMやM性感の風俗店に限ったことではなく、お姉さま系や高身長なモデル系の女性が、男性を言葉責めしたり、脚で責めるという、フェチ系だったり、痴女プレイが楽しめるお店の割合が大きいということです。また、素人系・美少女系のイメクラ店や複数プレイが楽しめるお店、人妻店があったりなど、他のエリアよりもコンセプトの多様性が圧倒的で、初心者からマニアックな上級者をも受容できる懐の深さが、人気の秘密なのかもしれません。

逆に言うと、五反田風俗の仕事は、選択肢の幅が広く、自分にあったお店を探しやすいと言えるでしょう。お店選びに困ったら、一度、五反田を訪れてみてはいかがでしょうか。

NK流で名を馳せた風俗街“西川口”は、B級グルメで街再生

埼玉県の西川口と言えば、かつて全国的に知られる風俗街でした。元々、西川口には、川口オートレース場、戸田競艇場があり、集客力がある土地柄と言えましたが、風俗街としての規模は、決して大きなものではありませんでした。

赤羽ピンサロ店が、西川口に流入し、NK流

しかし、2000年前後に赤羽のピンサロ店が大規模摘発に遭い、西川口に移転するかたちで流入すると、町の様相は一変しました。その理由は、“本サロ店”、つまり本番ができるピンサロ店だったからです。西川口の名をとって、NK流(Nishi Kawaguchi 流)と呼ばれるサービスは、ソープランドよりも格段に安いサービス料で本番ができるとあって、その知名度は、瞬く間に全国規模となりました。全盛期の西川口には、ピンサロ店が200軒とも300軒とも言われ、ソープランド街の吉原に肩を並べるくらいだったそうです。

風俗環境浄化でサヨナラ、本サロ店

風俗街、歓楽街としての規模が大きくなる一方で、治安の悪化を招くことになったのです。そして、ついには、拳銃による殺傷事件や大麻の売買など、犯罪組織の活動が深刻化してききました。事態を重く見た地元住民が、埼玉県警に働きかけ、2004年11月に西川口駅周辺を「風俗環境浄化重点推進地区」に指定しました。これには、新宿歌舞伎町で始まった「歌舞伎町浄化作戦」の影響が少なからずあるのかもしれません。西川口の本サロ店は、軒並み摘発され、壊滅状態になりました。それでも一部残った風俗店は、隠れるようにして営業していましたが、2006年5月に大幅改正された風営法が施行されるのを機に、同年秋には大半が閉店に追い込まれました。

一掃された風俗街の跡地にB級グルメタウン

こうして西川口から、西川口一丁目10番の区画を除き、風俗街が消滅しました。しかし、ここでひとつの弊害が生まれました。それは、風俗店を一掃したために、西川口駅周辺のビルは空き物件だらけとなり、また、風俗店の客や関係者を対象としていた飲食店も閉店に追い込まれ、空き店舗となってしまったことです。

風俗街の一掃と治安の回復と引き換えに、西川口は町としての活況を失ってしまいました。しかし、近年、西川口では、街再生として、空き店舗となり、閉ざされたままのシャッターを花の絵で彩る“アート作戦”を行ったり、“B級グルメタウン”として新たな活路を見出しています。特に2008年から始まった『川口B級グルメ大会』は、マスメディアに多数取り上げられ、年々その規模を大きくしています。また、空き店舗に新規飲食店の出店誘致を行うなど、新たな町づくりを目指しています。

歌舞伎町浄化作戦ってご存知でしょうか?

風俗の活気が消えた街

舞伎町から風俗が消える?

新宿歌舞伎町のコマ劇場のあたりが再開発されて、街の雰囲気がガラリと変わります。
これは東京五輪に向けての準備だそうで、新宿自体が大規模再開発されるみたいですね。

歌舞伎町浄化作戦」ってそもそも石原慎太郎都知事時代に開始されたそうです。
目的としては、違法風俗店の摘発や暴力団対策なんだそうです。

より治安も良くなると一見思いますが、そう簡単な話ではないようです。

風俗店で働く女性の働き口がまず無くなります。それによって風俗店周りのお店の客数まで減ってきます。
例えば、近場の飲食店や美容室など、客数が減ってしまいお店を閉店したり移転してしまう事例も出てきます。

やはり新宿歌舞伎町周辺は賃料も高いので、客数が減ったらそこでビジネスを継続するのは難しいでしょう。

そして客数が減り、お店も減り、街から活気も減ってしまい、見た目だけキレイな街が残るんでしょうね。

風俗関係者達は何処に行くんでしょうか?

以前、神奈川県の横浜市、黄金町で「バイバイ作戦」なるものがありました。
これは黄金町の置屋街が警察に一斉摘発され全店舗が閉鎖に追い込まれました。
それによって当然売春行為は激減しました。

風俗がその街から一気になくなると、当然周りの飲食店なども無くなって、街の雰囲気も変わってしまいます。

黄金町もアートの街として生まれ変わった筈ですが、なんだか静かな街になってしまったと思います。
アートではなかなか儲からないし、人が沢山訪れるイメージが湧きません。

私も昔学校が関内の近くだったため、色々歩いて回ったのですが、やはり活気が無いと感じました。

黄金町には未だに風俗店は残っています

その風俗店が並ぶ一角は、ちょっと危険な香りもして出来るだけ通りたくない感じがします。

そして風俗店が残っている一角を過ぎると、川沿いに寂れたラブホテルなどが建っています。このホテルも川沿いで人通りも少なく夜には歩きたくない雰囲気がします。

黄金町の駅前は人通りが多いのですが、目の前の国道沿いに歩き、横浜中央図書館に向かい歩いて2~3分の所に、今度はストリップ劇場が1件あります。
毎回図書館に行く時に思うのですが、こんな所に建っていて大丈夫なのか?不思議に思います。

ここも寂れた感じがするのですが、お店が潰れていないのでお客は入っているんでしょうね(汗)。
木造のストリップ劇場なので、時代と文化すら感じますが何だか駅の近くにポツンと風俗店があり、バイバイ作戦の名残りなんでしょうかね。

こんな感じで歌舞伎町もおかしな事にならなければ良いんですが。
少なくとも2020年の東京オリンピック時までには、確実に歌舞伎町の風景も変わるので、街の変化を見守ろうと思います。