関西で有数のソープ街の福原で修業をし、雄琴で大きく稼ぐ

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遊郭から始まった風俗街“福原”の歴史

fukuhara

出典:http://www.toprank-osaka.com/

福原は、兵庫県神戸市兵庫区にある町名です。明治元年(1868年)、政府からの許可を得て遊郭が開業します。その2年後の明治3年(1870年)、大阪と神戸とを結ぶ鉄道敷設が計画され、神戸駅の用地として福原遊郭が含まれていたため、現在の場所に移転しました。

この福原遊郭は、明治5年(1872年)の芸娼妓解放令によって、廃業に追い込まれますが、“貸座敷”としての営業が認められ、営業を続けていました。明治6年(1873年)になると、兵庫県は、私娼を一掃するために、神戸の貸座敷の営業制限を撤廃、自由化します。これによって貸座敷が分散拡大し、福原の貸座敷は、大幅に減少しました。

しかし、その後、県は、分散した再び娼婦たちを福原に集めるよう政策転換します。こうして、明治30年(1897年)には、106軒もの貸席を数えるまでになり、周辺には飲食店などが建ち並ぶ一大歓楽街へと変貌を遂げたのです。その後、火事や戦火で甚大な被害を受けますが、そのたびごとに復興し、活況を取り戻していました。

昭和33年(1958年)、売春防止法が施行されると、福原の遊郭は、廃業を余儀なくされます。それに変わってトルコ風呂が開業します。この名称は、後に国際問題となり、ソープランドに名称が改められました。こうしてソープランド街となった福原には、ピンクサロンなどが密集し、関西でも指折りの風俗街になったのです。

福原の独特は風俗サービス“浮世風呂”

福原には、昭和30年から40年代にかけて、“浮世風呂”と呼ばれる風俗店がありました。それらは、畳敷きにこじんまりとした風呂が併設されたもので、現在のソープランドにあるベッドやマットはありません。風呂に入り、バスタオルの上でいたすというものであったそうです。トルコ風呂は中東が由来ですが、浮世風呂は、純和風のソープランドということでしょうか。浮世風呂とは、江戸時代の銭湯を指すそうです。この福原独自の風俗店は、ソープランドに淘汰され、また、無届であったため摘発され、廃業しています。

福原ソープは大衆店が多く、ソープ嬢が若い

なお、福原のソープランドの特徴としては、大衆店が多いことと、ソープ嬢の年齢が比較的若いことが挙げられます。多くが20代の女性がほとんどで、30代の女性は、少ないそうです。若いころは、大衆店の多い福原で技術を学び、経験を積み、30代以降になったら、雄琴を始めとする周辺の風俗街でより多くの収入を得る風俗嬢がいるそうです。それが、どこまで本当かはわかりませんが、吉原でも、30代40代近いベテランのソープ嬢が、高級店で働いている事実がありますので、あながち嘘ではないのでしょう。

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